ケークサレ

私の中で、一番不可解なワード。それは「ケークサレ」。意味はわかる。見た目も知ってる。食べたこともある。それでもなお、何かひっかかるケークサレ。「ケークサレ」と書かれた白い長方形の小さい箱が、いつも頭のすみっこに転がっている。

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母の介護を巡っていろいろなことを見た。多くの人が大変な思いをしているし、必死だ。

関係者は多い。本人、一生懸命側についてくれている人、事務処理を淡々とこなす人、心配する人、電話でネゴしまくる人、なんにもしない人。そして、遠くから正義というバットで言葉のボールをパコーン、パコーンと打ち込んで来る人がいる。奔走している人達の頭に、それがポコポコ当たる。何のおもしろみもない、白くて重いそのボールは、足下に転がり、必死に動く人の邪魔になるばかりか、病人が蹴躓く。金のボールだったら大歓迎だけれども、そういう人間の打つボールはいつだって重くて固くて冷たくて、煮ても焼いても食えない。

言葉は消えない。紙から、画面から、ゆらゆらと立ち上り、書いた人間にまとわりついて離れない。何十年もその言葉は生き続け、書いた人をがんじがらめにするんだろう。一旦文字にしてしまえば最後、どうしたって消えてくれないのだ。

こんなことを書く私にだって、きっと言葉はまとわりついてくる。きっと一生離れない。

でもまあ、おれ、そんなことあんま気にしないんだけどね。

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