中川木工芸比良工房

今日は久しぶりに中川木工芸比良工房のお仕事でした。
海外からお客さんが来るので京都のホテルでピックアップという情報のみでホテルに行くと、そこにいたのは金髪美女と日本人男性プロデューサー。よくわかっていない状況のままミーティングに参加し、中川さんとともに金髪美女を車に乗せて工房に戻ると、今度は某テレビ番組の撮影クルーが待っていた。オウ!一体何が始まるんだ!おれ、よくわからないまま行っちゃったよ!すっぴんで!

撮影の後打合せをしていると、今度は別の撮影クルーが到着。撮影クルーが撮影クルーを撮影したり、金髪美女を京都まで連れ帰る工芸師さん到着の場面が撮影されたり、なんだかすごいことになっていました。ジャパニーズパパラッチっておもしろい!と、お客さんはとても楽しんでいました。よかったです。

怒濤の残務処理

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お葬式が終わったから、すべてが終わったと勘違いしてはいけない。まだまだやることはたくさんあるのだ。

昨日はほぼ一日かけて、後期高齢者医療被保険者証の返却手続きやら、後期高齢者埋葬費用補助金の申請やら、とにもかくにも山ほどあるペーパーワークをせっせとこなした。電気・ガス・水道の解約、ケーブルテレビの解約、固定電話の解約。独居老人だった母が住んでいた家は、まだ元気に老人ホームで暮らしている祖母の持ち物だが、住む人がいなくなった今、様々な契約をそのまま継続することもできず、ひとつひとつ契約解除していくしかない。

昨日はそれ以外にも、私の戸籍謄本を手配したり、母の死亡記載がある戸籍謄本を手配したりと、とりあえず忙しかった。夕方にはヘロヘロだよ。

死亡証明書のコピーを取ったり、遠方からお香典だけ送ってくれた方々にお香典返しを郵送したり。入院中に滞納してしまっていたケータイ料金、ケーブルテレビの料金、NTTへの支払いなど、わずかではあるけれど残っていたものをコンビニで精算。なんだよもう、死にそうに疲れるわ。私まで殺す気か!

そして今日は、朝から知人に連絡を入れ様々な手配をすすめ、お香典を下さった方々の名簿をエクセルで作り、必要であれば手紙を送ろうと思い、文面を考えた。あの、お葬式の時に司会者が読んだポエムがどうにもこうにも忘れられず、思わずポエムっちゃいそうだったが、なんとかちゃんとした文章を書くことができた。古いアルバムを持ち帰ったが、その中のいくつかを欲しいと言ってくれたおじいさんがいたので、写真の焼き増しもしなくてはならない。

そういえば、すてきなメッセージを寄せてくれた方もいた。

昨日の夜!
君の知らせに胸をさすって目をつむった
なにかに祈ってみたい気がする
君は俺を信じてくれ
胸の底の底の底の底の方で誰かが泣いているようだ
なぜ泣いているのか俺にも分からない
君に感謝する


さて、私には兄がいるが、一応、いるってだけで機能していない。大事なことなので二度書きます。長男として機能していません。今日もまだ故郷に留まっているようで(お葬式が終わって数日経過してるのに)、一体何をしているのかと思いますが、正直どうでもよくなってきました。だから、残務処理はすべて私一人でやってしまおうと思います。

母が生前闘病しているベッドの上で、〇〇はどうなってる? あの料金の支払いはどうなった?と、連日心配していた事柄は、一つ一つ、きれいに出来ていると思う。ひとつ片付けるたび、母の魂が軽くなっていくようで、これが私にできる供養なのではないのかと思うのだ。

お通夜もお葬式もなんだか白けちゃってたし(というよりは、ほっとして気が抜けていたし)、その他一連の物事もなんの感慨もないままクリアしちゃったけど、ゆうべNTTの回線をクローズしたときにはさすがに辛かった。何十年も使用してきた電話番号がなくなるのだ。あの番号にかけても、もう誰も出ない。明日になれば、「おかけになった電話番号は現在使われておりません」。転送設定もしなかった。

それでも、一度ぐらいはあの番号に連絡を入れてしまいそうだ。
もしかしたら母が出るのではと考えて。

月曜に母の告別式を終え、戻りました。

18日に母が亡くなりました。告別式が月曜日、24日でした。そして昨日夜遅くに関西に戻りました。
色々思うこともあるし、書きたいこともあるのだけれど、とにかく今日はひとつだけ。
お葬式で司会者がポエムを読み上げました。あれ、もんのすごくおもしろかったです。笑いをこらえられなくて身体が震えてしまった。神妙な顔して読んでくれたポエム(それも司会者自作)、ああいうのはどうして受け取ればいいのだろうか。

十年ほど前のことだった
日差し照りつける夏の日の午後
あなたに1本の電話が入る
思いもよらない知らせ
それは息子さんが熱中症で倒れ
意識不明という連絡だった

熱中症で意識不明マジで?www
っていうか、現代のお葬式ってこうなってるの!?ものすごいカルチャーショックでした。今、お葬式ビジネスが熱い! (のかもしれない!)
また書きます。

ekimaedoori

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ゆうべ、はて、母親の葬儀はどうしたものかと考えたものだから

お葬式の夢を見てしまった。夢の中で、お香典返しに真っ黒なパンを買った。それも、フランス人形の顔の型に入れて焼かれた物らしく、人形の頭そのものだった。自分でもオッサレーとか思ってしまった。その他にもベトナムサンドイッチみたいなパン、ケーキ(ペイストリー)などが並ぶ店に入り、これとこれ、それからこれもいいなときれいで大きな箱に詰め、まあ、これでいいんじゃないの、チッ、めんどくさいなあなんて思った。夢の中で。なんだろうアタシ、お腹が空いていたのだろうか。それともこれは新しいビジネスへの第一歩なのか。違うか。たぶん違う。

先日兄と話したら、「お前のブログ、食べ物の話ばっかりだな。他に書くことねえの?政治とか経済とかさあ」と言っていた。この人、全然読んでないんだろうなあとその時は思ったけれど、冷静になって過去ログ読んだら見事に食べ物の話ばかりだった。なので今日も、先日食べた饅頭の写真を載せたいと思う。

mannjyuu

宮部みゆきとヒトミワイナリーにハズレなし

いやあ、まいったまいった…。

入院中の母を見舞うため、先週末に帰省していたのですが、こちらに戻って三日目、まだ疲れがとれません。なにこれ、どんだけ疲れてんの、私?eh?

病院ってやっぱり特殊な場所ですね。普段でも、喜んで行くような場所じゃないのはわかってますが、それでも、入院している人を見舞うだけでも、かなり疲労します。私の場合は自分の親だから特に心の負担も大きいのだろうけれど、帰りの新幹線の中、シートに体が深く沈み込んでいくような、強い疲労感を覚えましたよ……。
だからこそ、病院内で一日中働く人達のこと、素直に尊敬します。本当に頭が下がる。

親戚の人やら母の友人やら多くの人々が病室にやってくるため、その人達に久しぶりに会うことになり、それも疲れに繋がるんだと思う。会うのがヤダってんじゃなくて、久しぶりに会う人の顔を見て、過去の記憶から色々引っ張り出して、そこから適切な会話を成り立たせようとする、その過程でパワーを使うのだ、きっと。

ここ半年で、一体何度帰省しただろう。思い出せない。

それでも、いいことだってある。久しぶりに会ったおじさんがめちゃくちゃやさしかったりね。

hitomi

静岡に帰省して、母を見舞ってきました。

その際実家にも立ち寄り、写真など発掘。面白い。
これは父(前列右)の修学旅行写真らしい。ハハハ、当たり前だけど若いな!昔の写真って見るだけで楽しい。

母の容態は悪いながらも安定していました。それにしても疲れた。もうすでに家に戻っていますが、疲れて午前中は使い物にならなかった。掃除してから仕事をしよう。
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papa