相続放棄申述受理通知書が届きました。

死んだ母からの相続を放棄しました。負の遺産の方が多かったからです。残ったものがほとんどなかったので、相続放棄までする必要はないとたかをくくっていたのですが、住宅ローンの連帯保証人になっていることがわかって急いで放棄しました。死ぬ前に言っといてよ~!とは思ったのですが、私自身、母が連帯保証人になっていた住宅ローンの債務が相続人(つまり私)に引き継がれるなんて夢にも思っていなかったので、のんびりしてましたよ。びっくりしたわ。

急いで裁判所に連絡して、書類揃えて送りましたよ。あっという間に相続放棄完了ですが、死後しばらくは雑務が発生するんで、色々忘れるんですよね。あー、よかった、気がついて。今日、相続放棄が完了したことで、残る作業はただ一つ。年金事務所に行くだけだ。うーむ、早く全てを片付けたい。
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最近、いろいろなことを思い出したりしてる。
小さい頃、うちの家庭ってこんな感じだったなあとか、あんな感じだったなあなんてことを。父の働く会社にこっそり様子を見に行ったら、死ぬほど嫌そうな顔して働いてたな、父ちゃん、ほんっとに仕事嫌いだったんだな、とか。父も母もたぶん苦労していたんだろうけれど、やっぱり家庭としては色々と問題あったよなあなんてことをつらつらと(ただし、私が子供だった時代、そういう家庭は珍しくもなんともなかったと思う)。そして、それについて完全に諦め気分であることを不思議に感じている。残念だとか悲しいといった感情がわいてこない。いつから私はこんなに醒めた人になってしまったのか、少しずつ思い出しながら考えている。

この前知人が「俺たちが親のことを全然知らないのと同じで、あちらも俺たちのことなんて全然知らない」と書いていたのをよく思い出している。その言葉を読んだ時、母と父を思い出さずに、私は息子達のことを考えていた。私はこの子達のすべてを知っているようで、実は何も知らないのか。この子達は将来漠然と「お母さんってどんな人だったのかなあ」なんて思う時が来るのか。これだけ毎日顔をつきあわせていてもそうなのか。親子関係ってそういうものなのだろうか。

そうであれば、私が父と母の不在をそこまで嘆き悲しまないのは(もちろん悲しいけれど、そこまで強く感じないのは)、ある意味しょうがないのかなとも思う。しょうがないというべきか、不幸だというべきか。それとも嘆くのは疲れることでもあるので、無意識に避けているのか。

もっともっと、父と母と、人間として向き合うべきだったのか。今となってはもう遅いけれど、そんなことを考えている。

あの二人、どんな人間だったんだろう。

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そして唐突に冷しゃぶ写真

まーた時間があいてしまった

書きたいことは山ほどあるんです。でも、まずはやる仕事があって。それで、とりあえず、これをアップしておきます。
父が経営していたジャズ喫茶のマッチ。ネット徘徊してて偶然見つけました。おどろいたね。

また近々書きます。書きたいことは山ほどあるんです(大事なことなので二回書きました)。

booby