休校DAY45+兄の終い補稿

息子たちの先生から相次いで電話が入った。来月5月6日までの休校だけれど、その先どうなるか、わからない状況になりつつあるということだった。私たちがハリーの散歩に出たときに、家まで追加の課題を持ってきてくれていた。ポストを確認すると、たっぷり入っていた。帰宅直後に先生から電話が鳴り、次男が取った。次男はうれしそうに話をしていた。

 先生の影響力は大きい。いままで机に座らせることに苦労していたというのに、慕っている担任の先生から電話をもらった次男はたいそう喜んで、すぐさま課題を開き、「ああ、これはもう塾で習ったところや。よかったわあ、塾に通っておいて」と言っていた。こんな時期だからこそ余計に、こんな言葉をうれしく感じる。

 直後に長男の先生からも電話があった。「お母さん、本年度のPTAも継続して役員をして下さるそうで……」という内容だった。全国的に同じような感じだと思うのだけれど、新年度のPTA役員、決まりました!? 今の状況だと無理ですよね?? 私、去年広報委員長をやったんですが、今年度は役員会もすべて中止になっているので新役員の選出なんて無理すぎる。だから、もう一年やらせてもらうことにした。仕方ないよね、こんなときだから。それで、様々な作業を電話やメールで行うという話をして、電話を切った。先生も大変そうだった。

 ハリーの散歩も終わったので、コーヒーをゆっくり飲みながら空を眺めていて、ずっとずっと昔のことを思い出した。私がまだ小学生にもなっていないころの話だ。そのとき、両親はジャズ喫茶をやっていて、夜遅くまで家に戻らないことがよくあった。時折、母だけ家に戻ってきて(店からは徒歩3分ぐらいの距離に家はあった)、ごはんの支度をしたり、私たちを風呂に入れたり、寝かしつけたりしていた。兄と二人きりの家は私にとってはとても寂しく、心細くて、特に夜になると、薄暗い蛍光灯に照らされた古い家はすごく不気味で、怖くて、店にいる母に頻繁に電話をしたものだった。

 当時、両親のやっていた店はすごくはやっていて、サーファーみたいな若者でいっぱいだった。たぶん、そんな店を経営するのは楽しかったと思う。両親ともまだ30代だったから、そりゃ毎晩、飲んで音楽を聴いて、ワイワイ騒いで、楽しかったと思う。そんなところに私から何度も電話がかかってくるものだから、母は私が電話をすると、とても嫌そうにし、そして一方的に電話を切った。それを悲しむ私を見かねた兄が、私を自分の自転車の後ろに乗せて、店の前まで連れて行ってくれた。何度も、何度も。店のガラス窓の向こうはたばこの煙で真っ白で、その真っ白な煙の間に両親の顔を見つけると、私は納得して、兄の自転車の後ろに乗って、家まで戻った。

 そんなある夜、兄といつものように2人乗りをして家に戻る途中、兄がずっと向こうから自転車に乗ってやってくるお巡りさんを見つけた。兄は急いで自転車をUターンさせると、小さな飲み屋街のような場所に入っていった。薄暗くて、赤い提灯がぶら下がっているような店がたくさんあるところだ。そこの共同便所の前で私を自転車から降ろして、「兄ちゃんが戻ってくるまでここで待ってろ。絶対に動いちゃダメだぞ。いまからお巡りさんをまいてくるからさ!」と言って、ものすごい勢いで自転車を立ちこぎして、あっという間に行ってしまった。もちろん、私はそこで待ってはいられなかった。

 私は(たぶん)真っ青な顔をしてその場を離れると、兄を必死に追った。真っ暗な夜道をひたすら走った。そして、お巡りさんに呼び止められた。

 「どこの子?」 

 私がもじもじしていると、兄が猛スピードで戻ってきた。キーッ! というブレーキ音が、今でも聞こえるようだ。兄はなんだかんだとお巡りさんに説明し、ペコペコ頭を下げ、そして私を再び自転車の後ろに乗せて家に戻った。

 兄は私が二十歳ぐらいになるまで、酔っ払うと必ずこのときのことを話し、そして大笑いした。

 「あのときのお前の顔、すごく面白かったぞ!」 そう言っていた。

晩ご飯:コンビーフ、ポテトサラダ、フランスパン、ゆで卵

お知らせ:連載している「考える人」(新潮社)の編集長が、編集長のお気に入りとして『兄の終い』を紹介して下さっています。是非。

https://note.com/kangaerus/n/n90110c1821ce






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