休校DAY55-56+noteはじめました。

休校が開始されて55日が経過。本日もわが家の双子は元気だ。勉強もなんとなくやっている。もう、こちらから厳しく言うことはやめた。そもそもGWだった。

まずはお知らせになってしまうが、新しい連載がはじまった。亜紀書房Webマガジンあき地で、『あんぱん ジャムパン クリームパン 青山ゆみこ・牟田都子・村井理子』の村井理子パートの担当だ。


新連載スタート
私の担当

自粛生活で不自由なこと多々あると思いますが、そんなときの気晴らしになれば。よろしくお願いいたします。

今回、私の担当から、以下、引用。

だから、私はひとりぼっち。実際には、自分の家族がいるのだからひとりぼっちじゃないのだけれど、それでも、私はひとりぼっちだなって、強く感じています。私の心の真ん中にずっと住んでいるあの家族は、静かに、ただそこにいるだけの存在になってしまいました。幸せや喜びを感じるたびに、同じように感じることができない、心の中に静かに存在しているあの人たちのことを考えます。自分の幸せのなかに、彼らを失った切なさを、悲しさを、どんどん注ぎ込むようにして暮らしています。幸せがどんどん薄くなってしまうのです。むかし、節約家のおばあちゃんが作ってくれたカルピスみたいに、すごーく薄い感じ。

これはもちろん、私の両親と兄という、私のそもそもの家族のことを書いている。自分の根っこの部分にある(いる)「家族」というものが、自分以外存在しなくなるということは、私の想像をはるかに超えるほどの衝撃だった。その衝撃とは、「取りかえしがつかない」ことを目の当たりにしたときの衝撃だ。「取りかえしがつかない」ということが、起きるとわかっているのに、私たちはそれに対してあまりにも無力だということを、身をもって知った、その衝撃だ。

「与えてあげることができない」ことの、「共有することができない」ことの、損失。しかし、その大きな穴を自分自身が覗き込むまで、その実際の大きさを、やるせなさを、誰も知ることはできない。そんなことに対する衝撃だ。いつかゆっくり考えて、書いてみたい。

ここ数十年で多くの災害を目撃し、多くの人の命が失われることを情報として得てきたけれども、その何倍も存在する家族たちの、本当の絶望のようなものは、理解していなかったと今更思う。そんなことを考えながら、漠然と書いてしまった。一人だけ暗くね? 大丈夫かな。

それからもう一つお知らせ。noteをはじめました。このブログの内容を転載するような感じだけれど、noteだと双方向のやりとりが容易なので、アカウントを作ってみました(というか、ずっと持っていたんだけど、やっと動かした)。

いろいろ書いてみるぞ

休校も長くなるし、書店も閉まってしまったので、いろいろ試行錯誤してみようと思う。

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