日記

2020年6月9日

今日誕生日を迎えて、50歳になった。世の中ではどうも、50は節目の年と言われているようだが、実感がわかない。49の昨日とさして変わらぬ今日という日を迎えた……というだけだ。ひとつだけ変化があるとすれば、今日から日記を書こうと決意した。こうやって一人孤独に記していくこととする。誰かに読まれるかもしれないし、誰にも読まれないかもしれない日記。

コロナ渦の影響ではじまった休校は三ヶ月で終了し、子どもたちは再び学校へと通いはじめた。彼らが家にいてもいなくても、仕事は容赦なくやってきて、休む暇もないほどだ。去年の暮れ、あまりにも大変なことばかり起きたので、知り合いの編集者さんのほぼ全員にメールを出して、「来年一年は休業します。どうぞよろしくお願いします」などと殊勝にも書いたのだが、お構いなしに仕事はやってくるであった。笑ってしまう。求められていうちが花なのだとはわかっている。だから今日もこうやってひとり、リビングでテレビもつけず、音楽を聴くこともなく、愛犬の鼻息をBGMにノートパソコンに向かっている。このノートパソコンは誕生日プレゼントとして自分で買った。この年になってもこうやって好きなことをして毎日過ごしているんだから、幸運なことなのかもしれないね。

午後、新潮社『考える人』の単行本の初校をチェックする。自分の過去の文章を読むのはなかなかの苦痛だ。なにがおもしろいんだか自分ではわからない。それが終わったら、翻訳本の原稿に取りかかるつもり。息子たちは揃って午後4時には帰宅するので、お菓子でも買いに行ってこよう。

2020年6月12日

息子たちの学校がはじまって一週間。彼らも相当疲れがたまっているようだが、私もすっかり疲れてしまった。PTA、スポーツ少年団、学習塾の対面授業がはじまって、毎日山ほどのLINEメッセージが届く。一日に読める文字数のほとんどを仕事で使っているためか、まったく頭に入ってこない。次男がどうも、学習塾のzoom授業をいくつかスキップしていたらしく、先生からメッセージが入っていた。「こちらも疲弊してしまっており、連絡ができませんでした」とあった。めちゃくちゃに正直ですね。こういうことは、一事が万事緩やかでいい。先生が疲れたと書いてくれると、私も安心できる。スキップしたぐらいで死にはしない。

夜まで仕事を続け(途中息子たちを塾に送り届けたりしつつ)、疲れてしまっていつものネットショッピングに勤しんだ。食べチョクというサイトでいくつか注文。パンケーキミックス、サクランボ1キロ、高級軍鳥の焼き鳥セット8000円ぐらい。買いすぎじゃね? でも、ストレスが溜まっているときはこうやって買いまくってしまう。

20200615

DIYショップに行く。息子が部屋の床をフローリングにしたいと言ったため。わが家は床がコンクリートのままなのだ。掃除がしやすく、夏、非常に涼しく私は気に入っているが(犬が汚しても気にならないし)、息子は嫌なようだ。フローリングと言っても、ちゃんとした木のものを敷きつめることはできないから、なんちゃってフローリングだ。しかし、クオリティーとしては十分で、子供部屋ならむしろ気楽だ(汚されても気にならない)。

長男は部屋にテレビが欲しいという。それを聞いた夫は、子供部屋にテレビなんて、必要ないだろ。そもそもテレビなんてあまり見ないじゃないかと言う。確かに、テレビを今更買う必要はないだろうとも思う。私が持っているデスクトップパソコンを与えようと思っていたから、映画の類いはそれで十分視聴できる。それでも、友達が少ない長男が、テレビを部屋に入れれば友達が遊びに来るのではと考えて言うのだから、買ってあげたい気持ちになってしまった。長男にはなんでもしてあげたい。もちろん次男にも同じ気持ちだが、双子とはいえ、二人にまったく同じ気持ちで接するなんて無理だ。

20200615

疲れた一日だった。息子たちは各自が部屋に引っ込んでしまい、とても寂しい。「たまにはリビングにおいでよ」と私が言ったので、気を遣った次男が時々ジュースを取りにやってくる。ひとりの部屋をもらったということは、あなたが自分自身の面倒を見ることができると、パパとママが考えたということ。だから、しっかりとがんばりなさいと言うと、俺はできるよと言っていた。

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昨日はかなり疲れていたので仕事が出来なかったのだが、今日は朝からかなり元気で、遅れていた原稿を午前中のうちに三本書いてしまった。書いてしまったのだが、だからと言って仕事がないかというとまったくそうじゃなくて、訳さなければいけない本が三冊残っている。絶望。嫌な作業ではない。苦しいのだ。

子どもたちが完全にそれぞれの部屋で寝起きするようになった。今までは、なんだかんだと理由をつけて私と同じフロアで寝ていたのだが、ある日を境に、二人とも別のフロアで寝るようになった。今までは、夜遅くまで一緒に映画を観ることも多かったが、最近では22時を過ぎれば、それじゃあと部屋に引っ込んでしまう。それがなぜ、こんなにも寂しいのだろう。同じ家に住んでいるというのに、まるで遠く離れたどこかに行ってしまったような気がする。大学に進学し、遠くの他府県に引っ越したりしたら、どうなってしまうのか。母は私が故郷をあっさり離れたとき、どう考えたのだろう。とにかく、胸が潰れそうだ。育児はこんな悲しみや心配ばかり。なにがうれしくてこんなことをしているのだろう。手放すことが決まっているだなんて。

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寂しいなあと私が言うので、次男が気を遣って、私のいる部屋にやってくる。お菓子を食べたり、お茶を一緒に飲んだりして過ごしたあと、「部屋に行っていい?」と聞いてくる。もちろん、いいよ、部屋に行っても……この瞬間、私の記憶は遠い昔に戻っていく。私と母は、まったく逆だった。話をしたいと求めていたのが私で、その場を去って部屋に入っていくのが母だった。いつ頃からか私も母との時間を求めず、部屋に籠もることが好きになったけれど、たとえば週末の朝、いつもよりずっと長く寝てしまい、そろそろお昼頃だというときに目を覚まし、なぜだか突然寂しくなって、母や父のに会いたくなって急いで階下のリビングに行ったときのことを思い出す。そこにはいつも母がいた。

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何日かかけて私の寝室の壁の色を決めた。Farrow&ballのブルーだ。シックな色合いでとても気に入っている。これからしばらくかけて、家のなかをきれいにしていきたい。ずっと長い間、もう10年以上、家をリフォームしたいと思い続けてきたのが、やっと願いがかなう。それもこれも、双子が各自、部屋に収まってくれたから。よかったよかった。

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