日記 20200711

自室で本を読んでいたら、息子(2nd)がやってきて、横で勉強をしはじめた。自分の部屋は汚れているけど私の部屋は片付いていて、快適なのが理由だと思う。私は仕事に必要な本を読んでいただけなので邪魔でもなく(いやむしろうれしく)、なんだかんだと話をしながら理科の課題を一緒に眺めるなどしていた。そしてなんとなく、私が学生時代の話になった。

「かあさんが大学生のときってどんな生活をしていたの?」と聞かれ、「まず、19歳で夜逃げっていうのが、ママの転落人生のスタートだね」と答えて、あのころの気持ちに戻ってしまい、突然、胸のあたりがモヤモヤとしはじめた。

「ママが大学一年というと、ちょうど二十歳手前ぐらいのころだったんだけど、二十歳ぐらいから二十五歳ぐらいまで、ママの人生は、ただただ、暗黒だったわ……」と、しゃべり出したら延々と出てくる。

私が京都に出てきた日、母と兄が一緒に来てくれたのだが、あの二人はあっさりすぎるぐらいあっさりと、私を京都の狭いアパートに置き去りにして帰って行った。京都滞在時間はたぶん2時間ぐらいだったと思う。カナダから戻ったばかりで、いろいろな意味でズレていたと同時に度胸が据わっていたはずの私でも、さすがにつらかった。あの瞬間の寂しさ、心細さは今でも覚えている。テレビさえなく、小さな冷蔵庫とベッドがぽつんとある部屋で、一人で寝転がって泣いた。孤独だった。そしたら横の部屋に住んでいた女の子が松田聖子の「抱いて」を練習しはじめて、薄い壁を通してその歌声がいつまでもいつまでも聞こえてきた。だから聖子ちゃんは好きだけど「抱いて」は苦手だ。

「大学に通いはじめたのはよかったんだけど、すぐに行けなくなっちゃってね。っていうのも、本当に、心の底から寂しくて、孤独で、つらかったんだよね。つらくてつらくて仕方がない。寂しくて、悲しくて、京都の町が全部セピア色に見えるほどだった。部屋に戻れば孤独。とんでもない孤独だよ。このとき以上の孤独は経験したことがないぐらいだよ。あなたにはあんな孤独は絶対に経験して欲しくない。自分の周りのすべての色が変わってしまったんだよね。それぐらいの衝撃だった。乗っていた大事な自転車も盗まれちゃったしね。

結局そのアパートから逃げ出しちゃって。それで、仲のよくなった友達のアパートに転がり込んだんだよね。その子はすぐに海外に行ってしまって、結局また一人になったんだけど、そこにはそれから10年以上住んだと思う。いまでも建物はあるよ」 息子は半分ウトウトしながら、ふぅんと聞いていた。

「ハァ~(ため息)……それで、大学は一応出たんだけど就職なんてできず、結局アルバイトとか派遣社員とかいろいろやって、黒歴史を重ね、そんなときに当時流行っていたメルマガってのがあってさ、メールで自分の文章を登録してくれた人に送るわけよ~、そのメルマガっていうのを書きはじめて……それで、たぶんそのころからいろいろと書きはじめ、今に繋がったって感じかなあ……」 ……振り返ると、息子はすでに寝ていた。寝るのかよ。聞いてきたくせに。

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