翻訳祭、その他

 

昨日の午後、無事滋賀県に戻りました。朝、ホテルから荷物を送ろうとクロークに行き、荷物を預け、送り状を記入して渡すと、若い女性スタッフが困り顔で、「すいません、大津市って何県でしょうか…?」と聞いてきて、滋賀県の遠さを感じた。滋賀県です、ほら、琵琶湖があるところ……と言うと、「あ! そうでした!」とにこっと笑った。朝からちょっとほっこりした。

ホテルを出ると、市ヶ谷の街は通勤する人の波であふれかえるようだった。ザッザッザ……と、音を立てて歩いていくスーツ姿の人たちの波に逆らうように、駅に向かって私たちも歩いた。ああ、この音、なんだか懐かしい。使い古された表現だろうけれど、これこそ都会の鼓動といった感じ。私も十数年前にこのような雑踏の中を、職場に向かっていた。毎日、同じ時間に同じ道を、同じ音を聞きながら歩いたものだったと思い出した。ふと息子たちを見ると、前の晩に買ったポテチを食べながらスキップしていた。大都会のど真ん中にいても、田舎の子は本格的にマイペースだ。

道路の向こう側の歩道には、濃紺のロングコートに黒革のパンプス、低い位置で結んだポニーテイル、ふわりとカールした前髪の女性が、同じく濃紺のコートに白いハイソックス、黒のローファー姿の幼子の手を引く姿が見えた。きっと近くに小学校があるのだろうなあと思いつつ、思わず、再び我が子を見ると、どこからか聞こえてくる音楽に合わせてメチャクチャに踊っていた。通り過ぎる人たちが笑っていた。いろいろな人生がある。というか、あり過ぎる。本当にこれでいいのだろうか。

今回、日本翻訳連盟 (JTF)主催の翻訳祭に参加させていただいたわけなんですが、とにかく最初から最後まで実行委員のみなさんにはお世話になりっぱなしでした。心から感謝。私が講演なんてしちゃっていいのだろうかと首をひねりつつ、でも、これから書籍を翻訳しようと考えているみなさんと、もっとも近い場所にいるのが私だろう(書籍翻訳のキャリアという意味において。つまり私だって駆け出しに過ぎないから)と自分に言い聞かせ、恥ずかしながら登壇しちゃいました。

講演でも言いましたが(そしてツイッター上に書いて下さった方もいましたが)、私自身は相当の楽天家で、ありとあらゆるものごとを自分の都合のいいように考え、辛いことから逃げるタイプの人間です。まるで、ヤギ男のトーマス・トウェイツそのものだ。集中力も15分ぐらいしか続かないし、仕事は苦しいばかりだし、家事も育児も完璧からは程遠い。料理もめんどくさい、子どもの宿題なんて見たくもない。やらねばならないことはたくさんあるとわかってはいても、ついついマンガを読んだり、そのまま昼寝をしてしまうタイプ。そんな私でも、去年はありがたいことに数冊の出版に携わることができたし、連載原稿は一本も落とさなかった(すべて編集者さんのおかげとしか言いようがない)。つまり、たぶん、好きだという気持ちを持ち続ければ、なんとかなるんじゃないかなぁ? ということです。先に何が起きるのか心配するのは、それが起きるであろう5分前で十分だと私は思う。目標に向かって、力を入れすぎずにがんばってください。

それから今回の東京滞在では、翻訳祭以外にもいろいろなことをしました。新潮社のみなさん(白川さん、菊池さん、金さん、松村さん)、ありがとうございました。Webでも考える人の松村編集長には、もったいないお言葉を頂きました。褒められると伸びる子の私は、すっかり天にも昇る気持ちでした。ありがとうございました。生活史研究家で作家、『料理は女の義務ですか』著者の阿古真理さん、お会いできてとてもうれしかったです。スープ作家の有賀薫さん、楽しいお話ありがとうございました。書評家の東えりかさん、やっとのことで息子たちを紹介することができました。亜紀書房の内藤さん、最近よくお会いしますね。ありがとうございます。CCCメディアハウスの田中さん、今回も何から何までお世話になりました。JTFの実行委員のみなさん、懇親会でお会いした翻訳家のみなさん、声をかけてくださった翻訳に携わる多くのみなさま、本当にありがとうございました。またお目にかかる日をたのしみに、今日もマイペースでがんばります(いや、ちゃんとがんばります)。
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20171125 本日の雑記

Twitterって面白いよなあと思う。終わりのない長編小説みたいだ。私は連続ものの小説が大好きで、それこそ何十年も続くシリーズを追っかけて読むのを何より楽しみにしている。どれだけすばらしい小説も、何年も続くと、物語が迷走する時期がある。長く続くシリーズであればあるほど、著者のモチベーションも下がるだろうし、そりゃ、そうなっても不思議ではない。でも、Twitterはどうだろう。書き手の数が半端ではないから、疲れはあまり見えてこない。フォローした数だけ、物語が進行していく(虚実入り混じっても、それはそれでいい)。そりゃ、ずっと見ちゃうわ。

Twitterって、新幹線の車窓から眺めるマンション群とか家々に似てるなと思う。すごいスピードで流れていく景色のなかに、様々な明かりが灯る窓が見える。あの窓の向こうには、知らない誰かの暮らしがある。様々な人生が、暮らしが、どんどん流れていく。誰かが生きて、悩み、泣き、笑い、恋をして、そして死んでいく。それぞれの人生。私がまったく知らない人の、何十年にも及ぶ人生。

新幹線に乗ると、いつも考える。みんな違って、みんないいっていう言葉、このシチュエーションに似てない? 車窓のこちら側の傍観者の言葉だと思ってしまう。所詮当事者じゃないから、みんな違ってみんないいと言えるんじゃないか。わずかに違うというだけで、不自由な思いをしている人は多いはずなのに。自分がその傍観者のくせに、こうやって考えている私も偉そうである。思考がぐるぐると回ってしまう。こんなことを朝っぱらから考えつつ、来週の東京出張前に、なんとか仕事を片づけなくちゃと焦っている。

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最近、死んだ父と母のことを頻繁に考えるようになって、ものすごく削られている。私の記憶にはっきりと残る、私の幼少時の父と母の年齢に私が近づいた、あるいは重なったことが原因だと思う。あのときの父と母と、今の私がどうにもこうにも重なって、理解できることがたくさんありすぎて、辛い。おまけに二人とも死んでるので、気の毒でならない。あのときの両親のあの言葉、あの行動はすべて、生活苦によるものだったに違いないと確信すればするほど、若かりし頃の両親が気の毒になる。私がなにより残念に思うのは、もう二人には絶対に会うことができないという、その事実だ。私のために、本当によくがんばってくれたねと、今となっては声をかけることさえできない。写真に言葉をかけたからって、何が変わるというのだろう。

週末の早朝からここまでポエムを綴ってしまうのも、すべて来週東に向かうことが原因だと思う。生まれ故郷から遠ざかっていたい。通り過ぎるのも辛い。行ってしまえば楽しいのに、行く前にちょっと気分が落ちるのは、遠足前日とか修学旅行前日となんら変わらないと思う。
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20171124 寒風吹きすさぶ

<ブログを書こう月刊のため、がんばって毎日更新しています>

今日も風が吹き荒れている。薄手のタートルネックと丸襟のシャツを重ね、その上から綿の魔女風ワンピースをすっぽりとかぶり、そのまた上から柔らかい素材の薄手のコートを羽織って、マフラーを巻いて、完全装備でハリーと家を出る(下は厚手のレギンスとブーツ)。山側から湖に向かう道は強烈な追い風で、髪がメチャクチャになった。ハリーはびくともせずに、スタスタ歩く。湖の手前で左折し、今度は横から風を受けつつ、田んぼ沿いを進む。風を遮る建物など皆無なので、山のてっぺんから吹いてくる情け容赦ない寒風に晒される。仕方がないとわかっちゃいるけど、この強い風には毎度腹が立つ。びゅうびゅうという轟音で、何も聞こえないし、耳が痛い。ハリーの耳もぱたぱたとめくれてしまっていた。

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昨日は休日で家に人がいたためあまり仕事にはならなかった。またとないチャンスということで、こやまこいこさんの『スキップするように生きていきたい』を読む。こつぶちゃんって、なんてかわいいのだろうと思った。私は女の子を育てたことはないけれど、女の子と一緒に暮らすって、すごく楽しいのだろうなと想像した。子どもといえば、今日はWebでも考える人の更新日。息子たちについて書きました。タイトルは『僕の部屋』です。

昨日作業が進まなかった分、今日は頑張らないといけない。まずはイケワンの原稿、そしてもう一本イケワンについて、雑誌寄稿分の原稿。そして翻訳原稿。私より少しだけ年上の女性作家の刑務所ものノンフィクションで、登場人物がほとんど全員女性で、肌の色も違えば人種も年齢も違う。英語とスペイン語で話す。どうしよう……と、悩みつつ、進むしかないんだろう。とりあえず、紅茶を飲んで目を覚ますことにする(起きたばかりなのに、散歩がハードですでに眠いのだ)。

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日記のようなもの

来週東京に行く。翻訳祭に参加するためだ。そこで、これから書籍の翻訳をやってみたい!と希望している翻訳者のみなさんに、どのようにしたら書籍の翻訳ができるのかという話をさせていただくことになっている。しかし、本当に、なにをどのようにしたら書籍の翻訳ってできるのか、謎が多い(言語を習得する以外で!)。なにせ、資格試験があるわけでもないし、どうやって出版社と、編集者(それも翻訳本担当)とつながって出版にこぎつけるのか、これを簡単に説明する方法なんてないような気がしてしまう。なにより、私でいいのだろうか……。そこが一番の謎じゃないの…?

とりあえずひとつだけ言えるのは、ブログを書くのはとてもいいということ。そのブログが誰かの目に留まり、いつの間にやら編集者の目に留まり……なんてことがあるかもしれない。実際に、私はそうだった。ジョージ・W・ブッシュの妄言に関するブログが、今はもう廃刊になった月刊誌の編集者の目に留まり、そしてあっという間に出版となった。そして現在に至る、というわけ。だから、みなさん、ブログを書きましょう!という話をしたいなと思ってはいるのだけれど、自分自身が最近ブログをサボっていることに気づいて、こうやってアリバイ作りをしているというわけです。

連載の入稿スケジュールが私的には厳しくて(何せ遅筆ですからね)、ここで書く文字数を連載に反映したほうがいいのではないかといういやらしい考えが脳裏をよぎり……。でも、よくよく考えてみれば、ここは何のしがらみもなく、自由に書ける場でもある。だから、これからはツイッターとかfacebookで発散せずに、ここにもきちんと書くべきではないか、初心忘るべからず、というわけ。

とりあえず、日記のようなものを書いていこう。

今日は朝起きたら風がびゅうびゅう吹き荒れていて、散歩、行きたくないなあと布団の中でいつまでもマンガを読んでいたら、愛犬ハリー号に吠えられてしまった。仕方が無いので身支度を整えて(散歩バッグを用意して)、いつものコースへ。山から吹き下ろしてくる冷たい風に体を横から押されつつ、ハリーには前に引っ張られ、もうどうにでもなれという気持ち。山を見ると紅葉している。トンビが急降下。雪が降ったら散歩は大変だろうなと思わず考えて暗い気持ちになった。家に戻り、車を出してパン屋へ。どうしても一緒に行くとついてきたハリーを車中で待たせる。ハリーは大人しく座って待つ。吠えることもない。いくつかパンを購入して帰宅。

しばらく翻訳をしたけれど、どうにも調子が出ない。今週末に入稿予定の3000ワード(雑誌寄稿分の原稿)が気になってくる。ついでに、月末の『犬(きみ)がいるから』の原稿も気になってくる。こっちは2000ワード。東京に行く前にすべて入稿してからでないと落ち着いて準備もできない。次第にイライラして、ブログに逃げてきた。つらつらと書いているうちに、ほらまた、原稿が気になってきた。ぐるぐる回っている。それでも、こうやって書いた。あとは続ける。それだけだ。

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