20180722 雑記 日曜日はがんばれない

書かなければならないことがあって、朝からパソコンの前に座っている。ファイルを開いてあとは打ち込むだけでいいのだが、まだ一文字も打ち込むことができていない。なんということだ。朝からここに座ってずっと書こう書こうと思っているというのに……。全然進まない……。

仕方が無いので、エクササイズ的な意味でブログを更新することにした。

いつまで病気のこと書いてんだよ、いいかげんしつこいよ、あんたの病気はもういいさと言われそうなんだけど、自分でも嫌になるほど、頭の中が殆どそれで埋まっているので、申し訳ないのですが、ちょっとだけおつきあいください。嫌だったらここで読むのをやめてバブのお風呂に入って下さい。

それで何を書きたいのかというと、今日は突然、ものすごく妙な気分になってしまった、そのことを書きたかった。何が原因で、なぜ急にそんな気分になったかというと、今年のはじめに救急病棟に入院していたときのことを思い出したのだ。窓からぼんやり眺めた「東横イン」のブルーのネオンがフラッシュバックした。ああああ……

救急病棟を出て、最初に入った大部屋のカーテンのしみ、部屋の隅に置かれたテレビ台、ぼんやりとした明かり。いきなり話しかけてくるオバチャン、尿量を競ったカズオさん、部屋に突撃してくる認知症のタイゾウさん、病室の窓から見た景色、お寺の屋根に積もった雪。

そんなことがすべて思い出されて、なぜだか突然寂しくなった。今も、今、まさにこの時も、あそこには多くの患者さんが入院しているのだと思うと、どうにもこうにも落ち着かない。あの暗い廊下の隅に置かれた応接セットの古めかしさも、ボロボロの雑誌も、ああ、もうすべてが、あそこにあるすべてが、私の今に繋がっているのか……。

私はいつまでこのような気持ちを引きずっていくんだろう。あの空間で、同じ時を過ごした多くの患者さんたちの人生がいまどうなっているのか、知りたい気持ちがじわじわと湧いてきている(決して興味本位というわけではないのだけれど)。

……自分のことだけ心配してろと言いたい。

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2018/07/21 雑記

そろそろツイッターを引退しようと決意してから5年ほど経過し、2年ほど前からは「今年こそブログにシフトするからよろしくお願いします」と言い続けていましたが、更新が4ヶ月ぶりになりました。

去年の末頃から今年前半は、自分史上最もアップダウンが激しい時期で、それについては、迷惑ではと心配になるほど長い文章を書かせて頂いているので、読んで下さっているかたもおられると思いますが(ありがとうございます)、入退院を繰り返していました。

それで、実は手術前後に何通かメールを頂いています。同じ病院で手術をされた方、今現在手術を検討されている方、などです。私は医師ではないし心臓病に関する知識もないので、専門的なことは当然書けません。でも、すべて読んでいます。まとめてここでお返事という意味ではなく、個別で書くことも難しいなと思ったので、ここで思うことを書きます。

まず、同じ病院で入院をし、手術をされた数名の患者さん。メールだけではなく、ツイッターを経由したり、フェイスブックを経由したりといった形でメッセージを頂いています。あの場所で、同じような時間を共有したみなさんが、苦しかったはずの治療を思い出すことになるにも関わらず、楽しく読んで下さっているということは、大変ありがたいことだと思います。そして、今、みなさんがお元気であるという事実に感動すらしています。

私自身も、そもそも脳天気な性格ではあると自認していますが、自分が病人であったこともすっかり忘れる勢いで暮らしています。そりゃあ、スーパーウーマンでもあるまいし、朝からランニングなんてことはできませんし、やってみたこともないですが、それでも、あくまで普通に暮らすことができています。幼少期にも手術は経験していますが(それも別の心疾患でな。運が悪すぎるやろ)、その後の数年の不調は一体なんだったのだというほど、現在は痛みもなく、元気です。現代医療、すげえ。

普通に考えてみれば、地獄であったのかもしれないこの半年の経験が、すっかり脳内から消えかかっているのが不思議で仕方がないのです。忘れないために書いているようなものだなと思います。この経験で何を学んだのかと問われれば、「空気はうめえ」、「健康は大事」でしょうか。しかしこの「健康」の裏側には、常に「死」が鎮座しているということもはっきりと理解しました。人間はいつ死ぬかわからない。ギリギリの場所にいる。これだけ体調が回復し、スキップせずにはおられないほどうれしさがこみ上げてくる毎日であっても、それでも心のどこかにはべったりと「死」がまとわりついています。ただし、この認識は私のこれからの人生にとって、マイナスではないでしょう。

そして、今現在手術を検討されている方。私の場合、選択肢は無くてdead or aliveだったうえに楽天家なので参考にはならないと思いますが、手術の恐ろしさは、その後に得た喜びに比べたらわずかなものでした。なにせ、寝て起きたら全部終わってたから。でも、これもあくまでも私個人の見解です。

最近よく、「この数年は頑張りすぎてしまったんじゃないですか」と言われることがあります。確かに、けっこうな量の仕事をしていました。しかし、この数年で依頼していただいていたそれらの仕事を、辞退することができただろうかと考えると、まさか、と思わずにはいられないのです。そんなに悔しいことが、自分にできただろうかと。これだけ仕事に貪欲な私が? これだけ負けず嫌いな私が?

訳したいものは訳したかった。
書きたいものは思いっきり書きたかった。それだけのことだろうと思います。

しかし、そのために多くのみなさんにご迷惑をおかけしたことも重々承知しています。申し訳なかったと思っています。そもそも自分の中に存在しなかった選択肢の先を想像して悔やんでも取り返しはつかず、何もすることはできない。これからゆっくりと、再び積み上げていくしかない。今、考えられるのはそんなことです。

先日、「いつ死ぬかわからんので、ハードディスクの中身は常に整理しておくべきである」との志を新たにして、過去10年分ぐらいの写真やテキストを整理しました。今まで見ようともしなかった写真を眺めていると、私はずっとがんばってきたではないか、なにひとつ後悔などないと思え、昔のテキストを読めば、こんなに下手な文章を公開していただなんて死んでしまいたいと机に頭を打ちつけずにはいられなかったのでした。

37221758_1713268502105448_8737414221232340992_n (1)犬よ。おれの犬よ。何があってもお前が大好きだ。

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近況 20180418

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年明け早々体調を崩し入院、そして退院、再入院、手術、退院と、怒濤のような日々を送り、気づけばもう四月、息子たちは進級し、新年度が始まっている。

あまりの急展開に自分自身の理解が一切ついていくことが出来ていないのだけれど、私のデスク上にある薬箱の中にずらりと並んだ11種の薬を見れば、私が手術をしたことは、嫌でも理解できてくる。その11種の中のいくつかは、今後飲む必要がなくなるものだけれど、基本的に、私は死ぬまで薬を飲み続けることになるらしい。こればかりは仕方ない。

先日も、あまりの急な展開に、主治医と顔を見合わせて笑ってしまった。

「怒濤でしたよね」

「本当にあっという間でした」

と、クスクス笑い合うことができたのは、実はとてもラッキーなことだと思う。

一回目の入院については、新潮社のWebでも考える人で連載中の「村井さんちの生活」において、番外編「突然の入院騒ぎ」として書かせて頂いた。今回の入院・手術に関しても、同じくWebでも考える人の番外編で書かせて頂くことになっている。

手術編・第一回目の更新は19日(木)。つまり、明日

最近、僧帽弁閉鎖不全症で手術を受けるかどうか悩まれている方からメールを頂く機会が増えた。私は医師ではないので、当然ながらアドバイスなどできない。でも、経験したことは書くことができる。開胸手術っていうのは、やはり想像以上に大変なことで、それも生涯で二回もやるなんてどれだけアンラッキーなんだよと自分でも思うし、それなりに苦労したのだけれど、今こうやって、元気で、このように文章を書くことができているということ。この事実は、しっかりと私の中にある。そこを書きたいと思っています。

上記以外の仕事では、亜紀書房ウェブマガジンあき地にて連載中の「犬(きみ)がいるから」も無事再始動することができた。今月から月に二回の更新に戻る。引き続き、私とハリーの訓練の日々を読んで頂ければとてもうれしい。

月刊誌その他にも寄稿をはじめている。そちらも追々お知らせします。また、翻訳の仕事も徐々にスタートさせている。

一回目の入院直前に訳していた『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック 女子刑務所での13ヵ月』も、25日に出版となる(Amazonではなか見!検索できますから是非読んでみて!!)。Netflixですでに世界的なヒットとなっている同ドラマの原作で、ドラマに比べ、書き手パイパー・カーマンの心情がより詳細に綴られている。

著者パイパーの文章は切れ味鋭くて私は大好きだ。一緒に訳して下さった安達眞弓さんも、きっと同じ意見をお持ちだろうと思う。ちなみにパイパーの夫であるラリー・スミスは、あの6 words momoirsの提唱者(発案者? スミスマガジンのファウンダーの一人)。ラリーって本当にいい人で、本当に優しくて素敵。それは本書を読んでいただければよくわかると思う。かわいいので、動画を貼っておこう。

宣伝ばかりで申し訳ないですが、私は元気に復活しています。まだ痛みが出たり、体力が無かったり、階段をのぼるのに苦労したりはするけれど、それでも術前に比べたら嘘みたいに元気です。

以上、報告でした。

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本日の雑記 犬を飼ってよかった 

体が動かなくなると、代わりに頭が動くようになるって本当に不思議な感覚だ。

ベッドに横たわり、静かに呼吸しながらじっとしていると、自分の周りの世界がどんどん広がっていくように感じられる。私と犬一匹しかいない静かな空間で、こうやって一日を過ごすのも悪くはないと思うようになった。そして、色々なことを考え続けている。これからどうしようか。私は一体どうなるのか。

一冊の本を訳す体力も気力も失い、紙に印刷された文字を読むのにも苦労するような有様なのに、悔しいという気持ちが日々薄れていっている。今はただ、静かな空間にいるのが楽だ。

私は崖っぷちにいるのだろうか、それともそこまで悲惨というわけでもないのだろうか。正直、よくわからない。これからも仕事を続けることができるのか、それとも、もう諦めた方がいいのだろうか。本当によくわからない。

ひとつだけ確かなのは、生命力あふれる愛犬ハリーの横で寝ていると、とても居心地がよく、安心だということ。

犬を飼ってよかった。
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本日の雑記 生命保険のこと

生命保険のことを書きます。

最近、私は三週間に渡って入院したわけですが(詳細はWebでも考える人で連載中の「村井さんちの生活」を読んでくださいませ)、友人知人にもっとも多く聞かれた質問は、体調のことよりも生命保険のことでした。ウケる。

私が加入していたのは、ネットで加入できて、自分で自由にカスタマイズできるタイプの生命保険でした。人間と一切会話せす契約できる。これが最高オブ最高です。オプションがいくつかあって、月々の掛け金を自分で調節できる掛け捨てタイプです。当然、掛け金の安さも魅力でした。掛け金が安いということは、ほぼ必要最低限の保障であるということなのですけど。

それで今回、私は救急病棟に入院し、ありとあらゆる治療を受け、その後2週間以上個室に入ったわけです。私は国民健康保険に加入していますから負担は三割ですが、かかった医療費は大変な額でした。いわゆる、目が飛び出る感じの。しかし、高額療養費制度を利用することで無事支払いを済ませ、退院することができました。ありがたいことです。

さて、ここからです。私が加入していた保険は、医師の診断書が必要でないタイプで、診療明細書と診療費領収書のコピー、それから入院した日付、病気の詳細がわかる書類(加入者が記入する)を送れば給付金が最短三日で支払われるというものでした。

退院中はヒマだったので、申請書類はダウンロード済み。病院で会計を済ませた後、病院内のコンビニで必要書類をコピーして家に帰り、翌日送付して、給付金の入金があったのは、その三日後でした。保障内容は必要最低限でしたが、結局、個室に入った差額ベッド代などすべて、きっちりとカバーしてくれました。つまり、私の出費はなかったようなものです(入院日数×5000円+診療報酬点数×3円 up to 10万円 /月)。

すごく助かりましたね、やっぱり。月々の掛け金は5000円ぐらいでした(退院後の保障とか、がんになった時の一時金とか、先進医療給付金とか、いろいろついてました。終身保険です)。入る入らないは人それぞれですが、私の場合は助かってるなあ~という話でした。

アイキャッチ写真:大好きになったドデカミンストロング
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本日の雑記 ショックだった

好きだった俳優さんが亡くなって大ショックであったし、その原因が急性心不全だったこともショックだった。素敵な笑顔をもう見ることができないのかと思うと本当に残念だと思う。

私も最近心不全をやっちまって三週間入院したわけだが、入院となる日の10日ぐら前から、なぜだか毎日自分の体調についてメモをつけていた。というのも、その一ヶ月ぐらい前からなんだかよくわからないが体調が悪く、息が切れ、疲れやすかったからだ。とりあえずメモしておこうか、何かあった時のために・・・・・・こういうところは意外にも真面目だったりする。そして退院した今、そのメモを読み返して戦慄している。

心不全の追い上げ感、半端なくヤバい。

入院となる三日ほど前から、メモの長さ(詳細さ)がおかしいことになっている。書き込まれてる内容が、どう考えても病院直行レベルなのに、「便秘?」とか書いてある。バカじゃないだろうか。いや本当に、笑い事じゃないんだけど、それほど、わからないものなのだ。自分の体調って、正確にはわからないのではないか。よほど、それが激しい変化を伴わなければ。とうとう歩けなくなり、ソファに横たわり、ああ、もうダメだなと思った時のことはよく覚えている。そこまで我慢してはダメだ。

日本の医療制度は本当に素晴らしいのだから、体調が悪くなったら、お医者さんに診てもらいましょう。簡単なようで難しいのはよくわかりますけど、でも、勇気を出して病院に行きましょう。

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本日の雑記 翻訳家オーディションのこと

突然のことだったのですが、心不全になって入院しました。心不全って字面が異様に怖いですよね。実際、怖い状態だったと思います。予兆があったかというと、年末ちょい手前から体調がとても悪かったので、あったことはあったのですが、だからといって病院に行くほどでもなかったので気づかなかったんですね。

今にして思えば、もっと早く病院に行っておけば、今回のように派手にぶっ倒れることもなかったのではと思います。しかし、過去を悔やんでも一円の得にもならないうえに、効率が悪いのでやめておきます。

とても残念なことではありますが、作業途中であった本の翻訳作業は降りることになりました。申し訳なく思っています。一冊は途中まで進んでいましたので、信頼できる翻訳家にお願いして、共訳書として出版となる予定です。もう一冊、まだ作業がはじまっていなかったタイトルについては、オーディションで翻訳者を募ることになりました。詳細は以下です。

http://kiracohol.com/hotmesshai

書籍の翻訳家になるというのは、なかなかどうして難しいことのようです。その理由は、これをやれば必ずなれる!という確立された方法がないからだと言われています。それでも、日本には数多くの素晴らしい翻訳家が存在し、様々な言語で書かれた本を一冊でも多く読者に届けようと、日々切磋琢磨しています。私もそんな多くの翻訳家仲間に助けられ、ここまで来ました。派手にすっ転んだけどね。

今回私が倒れたことに関して、彼らはほとんど何も言いません。しかし私には、彼らの、「早く戻ってこい、村井理子!」という声が聞こえてくるような気がしています。私には何も言わないのに、随分心配してくれているそうです。だからこそ、今はなるべくしっかりと身体を休めようと考えています。

いま、世界のどこかに、翻訳家になりたいと希望する方がいたとして、このHot messというタイトルが、そんな誰かの最初の一冊に、あるいはもうすでに翻訳をされている誰かの何冊目かの作品にしていただけたとしたら、こんなにうれしいことはありません。私の今回のアクシデントも無駄ではなかったかもしれません(できれば避けたかったが)。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

hotmess
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20171221(焦燥感)

やっとのことでエンジンがかかり(120%で! フルにかかり!)、一日中仕事をしていた。女性刑務所の話で、会話が面白く、テンポがいい。私はずっと女子校だったし女子寮も経験しているので、感覚として理解できる部分が多い。実在する施設なので、写真で見たりGoogle mapで建物の前まで行って、様子を伺ったりしている。かき集めた資料を確認しながら、単語を細かく調節している。原稿全体としてはまだ荒いけれど、日増しによくなってきていると自分では思っている。

作業がぐぐっと進み始めるきっかけは、焦燥感を抱くことにある。早くゴールにたどり着きたい、一文字でも前に進みたいという気持ちが大きく、強くなって、一分一秒も無駄にできなくなる。ここまでたどり着くとあとはこっちのもので、最後まで勢いよく一気に駆け抜けることができる。ゲーム感覚とも言える。しらみつぶしに全文にあたって、穴を一個一個埋めていく作業が楽しいのだ。

とにかく1ページでもいいから前に進み、たっぷりと時間をとってプルーフリードしたい。翻訳原稿は見れば見ただけよくなると言われるけれど、これは本当で、何度チェックしてもし足りない。毎度のことながら、最後は時間との闘いになるのだけれど、なんとか今回も切り抜けたい。これを切り抜けたらもう一冊が待っている。今年も来年も女性作家が続くけれど、なんだかそれがとてもうれしく感じられる。じわじわと感動する。世界中に素晴らしい作家はいて、同じ年代の女性作家の書いた骨のある文章を訳すことができる幸せは、私にとっては何事にも変えられないような気がしている。


とまあ、このように忙しいのだけれど、実はパソコンを買って、仕事周辺環境を大幅に変えた。モニタも二台になっている。また明日にでも書きます。

今日はたぶん夜中まで作業。

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20171218 (財布を落とす。今期二回目)

40代50代がティーンを過ごした昭和の頃を懐かしんで、過去映像や音源を酔っ払って掘り起こすことを「I feel coke現象」と呼んでいるという話は先日書いた通り。私もそれを先日うっかりやってしまって、小学生の頃にファンだったバンドの古い映像を見て、あの頃の淡い恋心がカムバックしてきて、そんな自分が気持ち悪い。ただ、昭和のあの頃の音源を聞いてみると、確かに名曲が多かったのではないか(こう書いているところがすでに年寄りくさくて辛い)。

それはなぜかというと、歌詞の意味が通っているからだ(年寄りくさい)。物語になっている(だから何)。その物語はいちいち胸キュン♡青春だけど、まあそれはいいじゃないか。それから聖子ちゃんはめちゃくちゃ歌がうまい。この前明け方までかかって、いろいろな歌の歌詞を読んでみたんだけど、昭和の歌の特徴的な単語をピックアップすることができた。

ロンリネス
ピエロ
街のリズム


夏の終わり
ダーリン

こんな感じだろうか。これから積極的に使っていきたい。


夜中からまた咳が出始めて体調がイマイチだったので、今日は朝一番に耳鼻科に行った。まだそこまで症状として酷くないのに行ったのは、長引かせたくないからだ。でも、その耳鼻科の帰りに立ち寄ったスーパーでまたもや財布を落とした。今年二回目だ。それも今回はコッペパンと一緒に落としていた。

毎度親切な方に拾っていただくのだが、免許証も保険証もその他一切合切入っているというのに、落として気づかないというのも本当に深刻で、私はなぜこうも集中力がないのかと自分でも呆れてしまうぐらいだ。

とにかく、耳鼻科へ行き、薬をもらい、スーパーに立ち寄るというタスクが、今の私には重荷なのだということ。家で仕事しているのにそれぐらいが重荷ってどういうこと?と言われるかもしれないが、頭の中が曇っていたら、こんな簡単なタスクもまともにこなせなくなるのだ、40代は。いや、私は。

ごはんの用意が究極に面倒くさい。自分一人だったら、なんでもいいのに。


今日はコスモポリタン連載の『村井さんちの田舎ごはん』が最終回だった。最後にキャスリーン・フリンの言葉を引用した。長い間ありがとうございました。
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20171217 雑記(愛を巻き戻してくれないか)

昨日は一日、なんだかんだと作業をして、夜は一人(+犬)でyou tube三昧をしていた。懐かしのCM特集みたいな動画があって、何の気なしに再生していた。私はこれを40代のI feel coke現象と呼んでいるが、とりあえず色々見ていた。そんなこんなで一時間ほどしたとき、画面のはじっこに現れた動画のキャプチャに目を奪われた。こ、これは……! 私が小学生の時に好きだったバンドなんじゃないの!?

急いで再生してみた。

Awwwwww!!

tenor
何十年ぶりに見た姿、何十年ぶりに聞いた声だというのに、私はなぜこんなにも全てを記憶しているのだろう。ヤダ、今見てもかっこいい!!古いけど!

今はもう、すっかり名前を聞かなくなったその人を、恐る恐る検索してみると、なんとまだご活躍中。オフィシャルサイトを見てみると、40代50代の心をかき乱すであろうBBSの文字。再び恐る恐るクリックしてみると、数日前にご本人が書き込んでいたのである。復活を待ちわびるファンからのメッセージに「30代、40代のようにはいきませんが、がんばります」的ことが書いてあって、はっと気づいた。彼はもう、60代だったのである。お姿を見れば、確かに60代。でもそれがなんだというのだろう。

Awwwwwwwwwwwww!!!!!!

giphy
そこで私は気づいたんですけれど、「いつまでも少年のような心を持った男性」(好き)みたいなことよく言われるけど、これって男性に限った話じゃないし、特別なことじゃないですよね。男性も女性も、中身はずっと、10代とあまり変わらないのではないでしょうか(好き嫌いについては特に)。数十年ぶりに見た画像、映像ですべてがあっという間に巻き戻る……まるでカセットテープのように(DEATH昭和)。

そして、アルバム買おうと思ったら、すべて絶版でした。
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