20171209 雑記(昨日の分)

可能な限り毎日更新しようと大きな目標を立てたものの、日中、がんばって仕事をしていると夕方には文字も枯れ果て、書きたいことはあれどなんとなく筆が進まず、今朝に至る。

昨日は、朝にコスモポリタンの連載原稿99本目を入稿。残すところあと一本だ。この二年間、一週間に一回というペースで、短い文章とはいえ、書いてきた。久しぶりに、私ったらやれば出来る子なんだなと思った。月曜更新、火曜入稿(二週間分はストック、つまり前倒して入稿)という約束を守ることができず、月曜更新なのにもかかわらず、その前の週の金曜に入稿する(ストック0)という駄目な私を、いつも明るく励まして下さったコスモポリタン編集者市毛さんに感謝。

コスモポリタンの入稿が終わってから、先日入稿したレトリーバー誌の原稿を読み直す。亜紀書房Webマガジン「あき地」で連載している「犬(きみ)がいるから」の挿絵を担当して下さっているイラストレーターさんが、レトリーバー誌でも描いて下さった。もう、めちゃくちゃにかわいい。なんて上手なのだ。ハリーの特徴を見事に捉えたイラストは必見であります。是非、買って下さい。LINEのスタンプで販売していただきたいぐらいだわ。ちなみに私の文章はハリー好きがエスカレートして若干気持ち悪い感じでした(読み直してみたら)。それもまた、いいんじゃないでしょうか。ペット雑誌だしね!

ハリーはまた体が大きくなった。2シータ―のソファ全体を使っても、ちょっと窮屈そうだ。


コスモポリタンとレトリーバーの原稿チェックし、だいたい朝の9時半ぐらい。そこから翻訳原稿。そろそろ全体の1/3まで行ったところで、訳していて楽しくなってきた。特に会話文が最高!女同士の掛け合いがいい。ああ、そうそう、そうだよねと、一人寂しく盛り上がった。こういうタイプの文章、大好きだ。ウブな主人公の涙につられてしまう。昨日は調子が上がったので、結局夜中まで作業を続けた。

午後、ポストをチェックしたら、畠山理仁さんの『黙殺 報じられない”無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)が届いていた。本書で畠山さんは第15回開高健ノンフィクション賞WINNERとなった。畠山さんには先日、拙訳『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮社)を、出版社を通じて献本させていただいた。きっと気を遣って下さったのでしょう、一冊送って下さるとの連絡を頂いたので、ずうずうしくもサインをお願いした。とってもうれしかった。

ウランバートルまで行かずとも、サインは頂けるようです。なんていい人だ、畠山さん。


来週は、というか、今週末は結構忙しい。年末までに今担当している一冊はなんとしてでも仕上げたい。ピッチがあがってきているので、週末も翻訳は休まず、その他連載原稿を仕上げようと思う。

うーん、来年はどうやることやら。とにかく、書くことはやめずに進もう。

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20171207 雑記

#翻訳祭 が終わってからというもの、タイムラインは「書籍翻訳、やるべきか否か」という話題で持ちきりである。つまり、書籍翻訳に興味はあるけれど、果たしてそれで生活が成り立つのかとみなさん悩んでおられるのでしょう。

アバウトなことしか書いてくれないからイライラするなあと思われるかもしれないけれど、成り立つのかと問われれば、そりゃそうできている人もたくさんいるし、成り立たないのでは?と問われたら、う、うん、そうだね、みなさん苦労されているのではないかしら(私だって苦労してるし)……? としか答えられない。

いま、書籍翻訳界でトップにいらっしゃる先生方は、きっと書籍翻訳一本で立派に生計を立てておられるでしょう。そりゃ、超人のごとく猛烈な勢いで訳しているし、その素晴らしいお仕事に魅了される読者は日本中に多くいるのだから。私もそんな読者の一人です。憧れています。とてもじゃないけどかなわない。

しかし、どんな世界でもそうだけれど、今トップにいる人たちが、最初から売れっ子であったのか、十分な収入があったのか、最初から苦労をしていなかったのかと問われれば、当然、苦労されていた、悩んでいた時期もあったのではないでしょうか。石にかじりつくような努力を重ね、読み、書き、今のポジションにいらっしゃるのではないでしょうか。

私が先日の翻訳祭でお会いした書籍翻訳家のみなさんも、きっとそう。井口さんも児島さんも白須さんも安達さんも、たぶん、みーんな、そう。ものすごい時間を費やして、学び、苦しみ、訳しておられるのではと思います。

私がそんな翻訳家のみなさんに、書籍翻訳って大変だから、もう辞めますか?と聞いたら……
十中八九、みなさん声を揃えて、
まだ辞めませ―――ーん!
と、答えられるのではないでしょうか。ここが書籍翻訳の不思議なところ。

ただ、これと契約書の不備といった、書籍あるあるトラブルについては、別のお話。これは夢うんぬんで超えられる問題ではないし、曖昧にしてはいけない問題だと認識しています。私たちがしっかりと声を上げていかなければなりません。

つらつらと書きましたが、未熟な私が言えるのは、書籍翻訳は楽しいということ(そればっかりや)。私だって出来る限り続けたい。依頼されない日がいつか来るに違いないが、その時は「干されちゃったテヘヘ」と一人寂しくつぶやき、別の何かを見つけるよ。それまで、私は続けると思う。だってたのしいから。

夢とハンバーグは大きい方がいいぜ(ちなみに私の夢はフィッシュアンドチップスのお店を開くことだよ)。

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2017/12/06 雑記

本日朝から二本入稿。結構調子がいい。翻訳もかなり進んで、これで心配して下さっている編集者さんに顔向けできるというものだ。ハハハハ、気分がいいぞ!(すいませんすいません)


ここのところ数日、メチャクチャ面白い翻訳家で有名な安達 眞弓さんがブログを更新してくれているので読んでる。超おもしろい。東京で数ヶ月ぶりに再会した安達さん、やっぱり面白かったんだけど、安達さんのダンナさんまで面白いので本当にどうかしてる(褒めております)。パーティーで、フォッフォッフォッと笑いつつ、私に話しかけて下さった。

「どうもどうも、安達の夫です、フォッフォッフォッ……」

飲んでたワインを吹くかと思った。あの安達さんにして、あのダンナさんだ。とってもよく似合っておられる。2017年ベストカップル賞だ。そしてこの下のライン、↓ 安達さんのブログを真似してみた。


昨日、仕事の合間に何気なくツイッターを見ていたら、私のアカウントをフォローしてくれている方が翻訳祭の感想を綴ったご自身のブログについてツイートされてて、何気なくクリックして読んだ。「普通のおばさん」と強調された文字列にどっと疲れが。私の仕事やその内容は、私の年齢、あるいは容姿に関係ありますか?

名前を出して仕事すると、自分について書かれた文章を読む機会って結構あります。いつまで経っても、どんなにがんばって仕事をしても、いとも簡単に、インターネット上で世界に向けて、無記名の誰かに、同業者に、同性に、自由に書かれます。先方がハンドルで書いていて、こちらが本名だと、文句言ったってこちらに分が悪い。そんなの仕事に関係ねーじゃんと言えない。やられてもやられっぱなしです。

なんと厳しく、自由いっぱいのインターネッツ。合掌。
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20171204 雑記

突然気温が下がった。湖西の本格的な冬がはじまった模様。空は鉛色でぐっと低くなったし、湖を見れば白い波が立っている。風も冷たい。家の前の山に雪は積もっていないけれど、初冠雪はすでにあったので、そのうちドカッと降るだろう。頂上のスキー場は、今日もよく見えていた。

二階のリビング兼仕事場にストーブを点けたので、天板に鍋を置いて、なんだかんだと調理している。これこそ究極のエコ調理だと思いつつ、ゆっくりとしたペースで夕飯の準備をしているのだ。仕事は進んでいるけれど、それでもスケジュールは押している。油断ならないぜ……。

それにしても、朝から本当に静かだ。常になにかの音が、どこからか聞こえてくる東京とは大違いで、ここには音が一切ない。ストーブ前のソファに寝転がって、日がな一日のんびりしているハリーの規則的な寝息だけがBGMだ。当然、こちらも眠くなる。こんなことではいけないと、先ほど、コーヒーを淹れようと立ったらハリーも起きてきたので、oikosのヨーグルト(ギリシャタイプ)を少しあげた。oikosはクリーム状のヨーグルトで、ハリーの大好物だ。アザラシみたいな顔した犬が、ヒゲにたっぷりヨーグルトをつけて、おいしそうにそれを食べる。ほぼ無音の部屋で。なんだか不思議。

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今日は朝から翻訳家の児島修さんのツイートを見て、俺のなかの全米が泣いた。数年前から驚異的な出版点数で大活躍されていた児島さんは、私からすると、とにかくスゲー!という印象を抱く翻訳家のお一人だった。

同時に、あれだけの点数を訳すには男性の体力がないとダメなのか、夏に半裸でランニングするというタフネス児島さんぐらいのパワーがないとダメなのかと、考えたものだった。あまりツイートをされないストイックな仕事ぶりもすごいなあと思っていたのだけれど……。そんな児島さんも葛藤されていたのである。やっと休めたと思ったらぎっくり腰になって、辛い気持ちを抱えておられたのだ!

翻訳っていうのは孤独な作業だ。児島さんは、この数年間を踏まえて、「人生をすり減らした」と書いておられて、それは痛い程よくわかるけれど、児島さんが逃したと考える、その「人生の何か」は、きっと、たぶん、これからゆっくりと児島さんのところに戻ってくるのではと私は思う。抱えている何かを手放さなければ、次のものを手に入れることはできない。私も、児島パイセンのお姿を目標に、47冊を目指したいと思います。それにしても47冊。超人じゃね?

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20171203 雑記

師走やんか! と気づいてびっくりした。

年末で終了する連載が二つある。毎日小学生新聞のコラージュ川柳とコスモポリタンだ。コスモポリタンは100本目の区切りよいタイミングで。週一はなかなかどうしてきつかったけれど、100本書いたっていうのは自分でもがんばったなと思う。コラージュ川柳も100作は超えているはずだ。楽しかったです。本当にありがとうございました。

来年からは、月一連載が3本、月二連載が1本になって、少し精神的な余裕ができそう。もっと書いているすごい人はたくさんいるけど、私にはそんな力はないわけで、これぐらいでちょうどいいんじゃないかと思う。翻訳原稿も押してきている(すいませんすいません)。作業をきちんとやって、それでも余った時間はブログに費やすことにしよう。突然の決意表明をしてみた。

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今年最後の大仕事だと考えていた東京出張も終わり、やっとのことで通常営業だ。多くの人と会い、話をすることは楽しいけれども、一方で疲労感も強い。誰にでもある精神的なアップダウンは、私の場合、悩みがトリガーとなるより、疲労感であることが多い。しかしこの疲労感も、寝れば治るんだからお金がかからなくていいな。ちなみに先月は本に散財しすぎた。カードの請求額を見てぎょっとした。今月も一心不乱にネットショッピングに励もうと思った。
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翻訳祭、その他

 

昨日の午後、無事滋賀県に戻りました。朝、ホテルから荷物を送ろうとクロークに行き、荷物を預け、送り状を記入して渡すと、若い女性スタッフが困り顔で、「すいません、大津市って何県でしょうか…?」と聞いてきて、滋賀県の遠さを感じた。滋賀県です、ほら、琵琶湖があるところ……と言うと、「あ! そうでした!」とにこっと笑った。朝からちょっとほっこりした。

ホテルを出ると、市ヶ谷の街は通勤する人の波であふれかえるようだった。ザッザッザ……と、音を立てて歩いていくスーツ姿の人たちの波に逆らうように、駅に向かって私たちも歩いた。ああ、この音、なんだか懐かしい。使い古された表現だろうけれど、これこそ都会の鼓動といった感じ。私も十数年前にこのような雑踏の中を、職場に向かっていた。毎日、同じ時間に同じ道を、同じ音を聞きながら歩いたものだったと思い出した。ふと息子たちを見ると、前の晩に買ったポテチを食べながらスキップしていた。大都会のど真ん中にいても、田舎の子は本格的にマイペースだ。

道路の向こう側の歩道には、濃紺のロングコートに黒革のパンプス、低い位置で結んだポニーテイル、ふわりとカールした前髪の女性が、同じく濃紺のコートに白いハイソックス、黒のローファー姿の幼子の手を引く姿が見えた。きっと近くに小学校があるのだろうなあと思いつつ、思わず、再び我が子を見ると、どこからか聞こえてくる音楽に合わせてメチャクチャに踊っていた。通り過ぎる人たちが笑っていた。いろいろな人生がある。というか、あり過ぎる。本当にこれでいいのだろうか。

今回、日本翻訳連盟 (JTF)主催の翻訳祭に参加させていただいたわけなんですが、とにかく最初から最後まで実行委員のみなさんにはお世話になりっぱなしでした。心から感謝。私が講演なんてしちゃっていいのだろうかと首をひねりつつ、でも、これから書籍を翻訳しようと考えているみなさんと、もっとも近い場所にいるのが私だろう(書籍翻訳のキャリアという意味において。つまり私だって駆け出しに過ぎないから)と自分に言い聞かせ、恥ずかしながら登壇しちゃいました。

講演でも言いましたが(そしてツイッター上に書いて下さった方もいましたが)、私自身は相当の楽天家で、ありとあらゆるものごとを自分の都合のいいように考え、辛いことから逃げるタイプの人間です。まるで、ヤギ男のトーマス・トウェイツそのものだ。集中力も15分ぐらいしか続かないし、仕事は苦しいばかりだし、家事も育児も完璧からは程遠い。料理もめんどくさい、子どもの宿題なんて見たくもない。やらねばならないことはたくさんあるとわかってはいても、ついついマンガを読んだり、そのまま昼寝をしてしまうタイプ。そんな私でも、去年はありがたいことに数冊の出版に携わることができたし、連載原稿は一本も落とさなかった(すべて編集者さんのおかげとしか言いようがない)。つまり、たぶん、好きだという気持ちを持ち続ければ、なんとかなるんじゃないかなぁ? ということです。先に何が起きるのか心配するのは、それが起きるであろう5分前で十分だと私は思う。目標に向かって、力を入れすぎずにがんばってください。

それから今回の東京滞在では、翻訳祭以外にもいろいろなことをしました。新潮社のみなさん(白川さん、菊池さん、金さん、松村さん)、ありがとうございました。Webでも考える人の松村編集長には、もったいないお言葉を頂きました。褒められると伸びる子の私は、すっかり天にも昇る気持ちでした。ありがとうございました。生活史研究家で作家、『料理は女の義務ですか』著者の阿古真理さん、お会いできてとてもうれしかったです。スープ作家の有賀薫さん、楽しいお話ありがとうございました。書評家の東えりかさん、やっとのことで息子たちを紹介することができました。亜紀書房の内藤さん、最近よくお会いしますね。ありがとうございます。CCCメディアハウスの田中さん、今回も何から何までお世話になりました。JTFの実行委員のみなさん、懇親会でお会いした翻訳家のみなさん、声をかけてくださった翻訳に携わる多くのみなさま、本当にありがとうございました。またお目にかかる日をたのしみに、今日もマイペースでがんばります(いや、ちゃんとがんばります)。
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20171125 本日の雑記

Twitterって面白いよなあと思う。終わりのない長編小説みたいだ。私は連続ものの小説が大好きで、それこそ何十年も続くシリーズを追っかけて読むのを何より楽しみにしている。どれだけすばらしい小説も、何年も続くと、物語が迷走する時期がある。長く続くシリーズであればあるほど、著者のモチベーションも下がるだろうし、そりゃ、そうなっても不思議ではない。でも、Twitterはどうだろう。書き手の数が半端ではないから、疲れはあまり見えてこない。フォローした数だけ、物語が進行していく(虚実入り混じっても、それはそれでいい)。そりゃ、ずっと見ちゃうわ。

Twitterって、新幹線の車窓から眺めるマンション群とか家々に似てるなと思う。すごいスピードで流れていく景色のなかに、様々な明かりが灯る窓が見える。あの窓の向こうには、知らない誰かの暮らしがある。様々な人生が、暮らしが、どんどん流れていく。誰かが生きて、悩み、泣き、笑い、恋をして、そして死んでいく。それぞれの人生。私がまったく知らない人の、何十年にも及ぶ人生。

新幹線に乗ると、いつも考える。みんな違って、みんないいっていう言葉、このシチュエーションに似てない? 車窓のこちら側の傍観者の言葉だと思ってしまう。所詮当事者じゃないから、みんな違ってみんないいと言えるんじゃないか。わずかに違うというだけで、不自由な思いをしている人は多いはずなのに。自分がその傍観者のくせに、こうやって考えている私も偉そうである。思考がぐるぐると回ってしまう。こんなことを朝っぱらから考えつつ、来週の東京出張前に、なんとか仕事を片づけなくちゃと焦っている。

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最近、死んだ父と母のことを頻繁に考えるようになって、ものすごく削られている。私の記憶にはっきりと残る、私の幼少時の父と母の年齢に私が近づいた、あるいは重なったことが原因だと思う。あのときの父と母と、今の私がどうにもこうにも重なって、理解できることがたくさんありすぎて、辛い。おまけに二人とも死んでるので、気の毒でならない。あのときの両親のあの言葉、あの行動はすべて、生活苦によるものだったに違いないと確信すればするほど、若かりし頃の両親が気の毒になる。私がなにより残念に思うのは、もう二人には絶対に会うことができないという、その事実だ。私のために、本当によくがんばってくれたねと、今となっては声をかけることさえできない。写真に言葉をかけたからって、何が変わるというのだろう。

週末の早朝からここまでポエムを綴ってしまうのも、すべて来週東に向かうことが原因だと思う。生まれ故郷から遠ざかっていたい。通り過ぎるのも辛い。行ってしまえば楽しいのに、行く前にちょっと気分が落ちるのは、遠足前日とか修学旅行前日となんら変わらないと思う。
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20171124 寒風吹きすさぶ

<ブログを書こう月刊のため、がんばって毎日更新しています>

今日も風が吹き荒れている。薄手のタートルネックと丸襟のシャツを重ね、その上から綿の魔女風ワンピースをすっぽりとかぶり、そのまた上から柔らかい素材の薄手のコートを羽織って、マフラーを巻いて、完全装備でハリーと家を出る(下は厚手のレギンスとブーツ)。山側から湖に向かう道は強烈な追い風で、髪がメチャクチャになった。ハリーはびくともせずに、スタスタ歩く。湖の手前で左折し、今度は横から風を受けつつ、田んぼ沿いを進む。風を遮る建物など皆無なので、山のてっぺんから吹いてくる情け容赦ない寒風に晒される。仕方がないとわかっちゃいるけど、この強い風には毎度腹が立つ。びゅうびゅうという轟音で、何も聞こえないし、耳が痛い。ハリーの耳もぱたぱたとめくれてしまっていた。

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昨日は休日で家に人がいたためあまり仕事にはならなかった。またとないチャンスということで、こやまこいこさんの『スキップするように生きていきたい』を読む。こつぶちゃんって、なんてかわいいのだろうと思った。私は女の子を育てたことはないけれど、女の子と一緒に暮らすって、すごく楽しいのだろうなと想像した。子どもといえば、今日はWebでも考える人の更新日。息子たちについて書きました。タイトルは『僕の部屋』です。

昨日作業が進まなかった分、今日は頑張らないといけない。まずはイケワンの原稿、そしてもう一本イケワンについて、雑誌寄稿分の原稿。そして翻訳原稿。私より少しだけ年上の女性作家の刑務所ものノンフィクションで、登場人物がほとんど全員女性で、肌の色も違えば人種も年齢も違う。英語とスペイン語で話す。どうしよう……と、悩みつつ、進むしかないんだろう。とりあえず、紅茶を飲んで目を覚ますことにする(起きたばかりなのに、散歩がハードですでに眠いのだ)。

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日記のようなもの

来週東京に行く。翻訳祭に参加するためだ。そこで、これから書籍の翻訳をやってみたい!と希望している翻訳者のみなさんに、どのようにしたら書籍の翻訳ができるのかという話をさせていただくことになっている。しかし、本当に、なにをどのようにしたら書籍の翻訳ってできるのか、謎が多い(言語を習得する以外で!)。なにせ、資格試験があるわけでもないし、どうやって出版社と、編集者(それも翻訳本担当)とつながって出版にこぎつけるのか、これを簡単に説明する方法なんてないような気がしてしまう。なにより、私でいいのだろうか……。そこが一番の謎じゃないの…?

とりあえずひとつだけ言えるのは、ブログを書くのはとてもいいということ。そのブログが誰かの目に留まり、いつの間にやら編集者の目に留まり……なんてことがあるかもしれない。実際に、私はそうだった。ジョージ・W・ブッシュの妄言に関するブログが、今はもう廃刊になった月刊誌の編集者の目に留まり、そしてあっという間に出版となった。そして現在に至る、というわけ。だから、みなさん、ブログを書きましょう!という話をしたいなと思ってはいるのだけれど、自分自身が最近ブログをサボっていることに気づいて、こうやってアリバイ作りをしているというわけです。

連載の入稿スケジュールが私的には厳しくて(何せ遅筆ですからね)、ここで書く文字数を連載に反映したほうがいいのではないかといういやらしい考えが脳裏をよぎり……。でも、よくよく考えてみれば、ここは何のしがらみもなく、自由に書ける場でもある。だから、これからはツイッターとかfacebookで発散せずに、ここにもきちんと書くべきではないか、初心忘るべからず、というわけ。

とりあえず、日記のようなものを書いていこう。

今日は朝起きたら風がびゅうびゅう吹き荒れていて、散歩、行きたくないなあと布団の中でいつまでもマンガを読んでいたら、愛犬ハリー号に吠えられてしまった。仕方が無いので身支度を整えて(散歩バッグを用意して)、いつものコースへ。山から吹き下ろしてくる冷たい風に体を横から押されつつ、ハリーには前に引っ張られ、もうどうにでもなれという気持ち。山を見ると紅葉している。トンビが急降下。雪が降ったら散歩は大変だろうなと思わず考えて暗い気持ちになった。家に戻り、車を出してパン屋へ。どうしても一緒に行くとついてきたハリーを車中で待たせる。ハリーは大人しく座って待つ。吠えることもない。いくつかパンを購入して帰宅。

しばらく翻訳をしたけれど、どうにも調子が出ない。今週末に入稿予定の3000ワード(雑誌寄稿分の原稿)が気になってくる。ついでに、月末の『犬(きみ)がいるから』の原稿も気になってくる。こっちは2000ワード。東京に行く前にすべて入稿してからでないと落ち着いて準備もできない。次第にイライラして、ブログに逃げてきた。つらつらと書いているうちに、ほらまた、原稿が気になってきた。ぐるぐる回っている。それでも、こうやって書いた。あとは続ける。それだけだ。

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